素敵な人に会いました

●「子供食堂」を開いた栗林さんに会いました 
地域の人たちと「子ども食堂」を開いて4年の栗林知絵子さん(49歳)。
満足 に食べられない子どもたちのためにと個人のお宅で開いているもの。今や4か所 に増えた。  自称「おせっかいおばさん」。きっかけはたまたま知った中3のA君が、高校 に行きたいものの学力が小3からつまき悩んでいたことを知ったこと。母子家庭 で塾のお金なんてとても出ない。「じゃおばさんちで教えてあげるからおいで」 と声をかけたのが無料塾の始まり。いまや大学生、地域の大人の支援もあり、何 人もの子どもが通っている。
 気になったのが子どもたちの食事。A君は親にコイン一個を渡されるだけ。
「夕食を一緒にと誘っても人と食べる体験がなかったため尻込みする。迷惑かけ るからって」
 「子どもの貧困」は衝撃だった。働き詰めの母親。母親が病気で寝込んでしま うと子どもは百均のパンが食事。1日2食、1食の子も珍しくない。「大学生っ てほんとにいるんだ。テレビの中だけかと思ってたという子も。子どもは過酷な 状況で生きていても、そこに育てばそういうものだと思ってしまう。外からは見 えない」
 孤立している子を地域で見守ろうと設立したのが「豊島WAKUWAKUネットワーク」。 「子ども食堂」は大切な取り組みのひとつ。
 なぜ、WAKUWAKU?「私が 子どもの頃は、早くあんな大人になりたいとか 明日は遠足だとかワクワクしていた。ワクワク感を味わってほし」
 子どもの相対的貧困率は年々上がり昨年は16%。年収120万円に満たない家庭 の子が6人に1人に上る(厚生労働省調査)。

●元NHKアナウンサーの山根基世さんに会いました 
団塊世代が第二の人生から次のステップに立つ今、何をするべきかインタビュー。
山根さんがやっているのは子どもの話し言葉を育てる活動。
子どもの「言葉の欠落」の及ぼす影響がすごいからです。
自分の気持ちをうまく言葉で表現できない。言葉で周りとうまくやっていけない。 つい暴力的になる。言葉の欠落がどんなに子どもを苦しめていることかと。
必要なのは隣りの人と心を通わせる言葉なのです。
言葉で人間関係につまづくと人の協力は得られないし、いい人間関係がなければ人生を切り拓けません。
そこで求められるのが地域の教育資源といわれる私たち世代。
築いてきたものを子どもたちに出し合えば世の中変わるよと言われました。
そしてもうひとつ。言葉の力を信じる子に育てる大事さ。
「どうせオレひとり反対しても」とあきらめる子が多いとか。
社会に向かって発言し続けることで世の中を変えることができると信じる子を育てることです。大人がその姿を見せないとだめなのですが。
●シンガーソングライター・中村里美さんに会いました 
11月28日に埼玉県のさいたま芸術劇場「映像ホール」で「いのちの音色」ラ イブを行なうシンガーソングライター・中村里美さん
中村さんは昨年「アオギリにたくして」の映画もプロデュース。
アオギリとは 広島の原爆の翌年、被爆しながらも芽を出した木のことで、復興のシンボルと なったもの。「アオギリの語り部」と言われた広島の被爆者・沼田静子さんが、 長い年月の後、やっと体験を語れるようになった姿を描いています。
ライブは「うたと語りで伝えるヒロシマ・ナガサキ」がテーマのピースライブ。
全都道府県での公演千回を目指し、500回に。上映運動とライブは「平和への種まき」と言います。
「ウイメンズ・ステージ」40号にインタビューを掲載します。
中村さんの連絡先はミューズの里です。

●歌舞伎役者・5代目・澤村由次郎夫婦に会いました 
澤村家は女形が主流。初代は1862年、『紅皿欠皿』の舞台で宙づりの演技中に落 下、最終的には膝から下の両足、右の手首から先、左手の小指以外の指をことごとく 失い、それでもなお女形として成功を収めた人。
5代目は背が高かったことから 男役に。役については「毎日が発見」だとか。
1年中ほとんど舞台。稽古が数日 で舞台というのですからきつい。
女将の役割は健康管理に尽きるとか。役者の女 将同士の付き合いはあえてなし。きちんとしきたりをこなしていけば慣れるとは 言われましたが、まあ大変でした。 続きは「ウイメンズ・ステージ」40号でどう ぞ。

●素敵な女性に会いました・笠井洋子さん 
大久保美喜子さんと同じ天草で会いました。
50代後半で東京から単身熊本・天草に移住。水に関する仕事をしていたきっかけで訪れたのがそこ。
訪れた羊角湾には80種類を超える絶滅危惧種のベントス類がいて、塩性湿地植物が群生するという豊 かな生物に恵まれた宝庫でしたが、ダムで危機に。
 2010年、「路木ダムの再検証を求める全国連絡会」 を立ち上げ、地裁で勝利。
「新しい生き方」を模索中です。なぜ水? 「命の根源だからです」と話して いました。彼女曰く、世の中を変えるのは「ヨソ者、バカ者、若者」だそうですよ。
「路木ダムの再検証を求める全国会議」のホームページ をご覧ください。

●素敵な女性に会いました・大久保美喜子さん 
熊本・天草市で民宿を経営する大久保美喜子さん(62歳)は切り絵作家。
作品の販売を資金に、2001年、NPO法人「インドに幼稚園を作る会」を発足させ 、インド・ムンバイに幼稚園を2棟建てています。
支援するのはインド・ムンバイ にある売春街の子どもたち。発展著しいといわれるインドですが、一方で毎年約2万 人の貧困家庭の少女が売られてきます。「親を助けたい」「弟たちに腹いっぱい食べ させたい」一心で騙されてきた少女もいて、45%が16歳未満。その数約10万人にも。
少女たちが産んだ子どもたちの存在を知った大久保さん、自分に何ができるのか。 連鎖を断ち切りたいと考え、子どもの初等教育を支えようと始めたのです。
「なぜやるかですか? 父の遺言です。自分の目で見て足で歩いて、五感を通して ものごとを感じるようにと言われましたから」
●素敵な女性に会いました・文学研究者・堀井正子さん 
『ことばのしおり』(信濃毎日新聞社)2冊目を出版。信濃毎日新聞に掲載中 のエッセイをまとめたもの。
ひと月をそのことばで心がちよっとあたたまればい いなと230字に込めたのは、季節ごとの面白さ、いとおしさ、人のあたたかさ。
例えば「さぐり芋」「恩送り」等。どんなことなのか、本を読んでのお楽しみ。
「言葉とは人の背中を押してくれるもの、言葉の持つあたたかさを伝えたい」と 堀井さん。また多くの作家についての講座も開催中。
講座のチラシはこちら
別の教養講座のご案内はこちら
解釈でなく、「興味を持ってもらえたらそれでいい。生活の傍らに文学を置きたいから。私は案内人」と言 います。
●素敵な女性に会いました・紬織り金井真佐子さん 

長野・上田市は日本3大紬のひとつ、上田紬で有名。
  手織りをするところは年々少なくなっていますが、金井真佐子さん(66)は数少ない織り手のひとり。
この道45年。
真田幸村り父,真幸が農民に広めたといわれ、オシャレ着というより、普段着のもの。
表地1枚に付き、裏地を3回も取り替えられるほど丈夫とか。
両親の介護、農家の傍らひたすら機に向ってきたといいます。

全てカンの世界。
伝統を引き継ぐとは、こういう人たちのことをいうのでしょう。

●素敵な女性に会いました・栗田禎子・千葉大学教授
中東問題で栗田禎子・千葉大学教授にインタビュー。

今安倍政権がやろうとしている外向・政治の軍事化はすべて中東を突破口としていると聞き 、唖然。湾岸戦争で自衛隊の海外派兵、ソマリア沖での海賊対策として海上自衛隊派遣、 今回のテロ対策で、集団的自衛権等等。すべてアメリカと一体化して軍事的・経済的に 世界展開することに日本の活路を見いだそうとしており、中東がそのモデルケースとなっている。
詳しい内容はブログに載せますのでごらんください。編集長がインタビューした素敵な女性たちは ブログにも記事を載せていきます。
●素敵な女性に会いました・テレビ番組リサーチャー・喜多あおいさん
テレビ番組「行列のできる法律相談所」「それでも、生きてゆく」「ハケンの品 格」「なるほど!ザ・ワールド」「SMAP×SMAP」「超タイムショック」「Qさま!!」 等。どれか見ているのではありせんか。喜多あおいさんが関わった一部です。
リサーチャーって聞きなれない言葉ですが、番組制作に求められる情報をプロデュー サー等に提供する仕事。専門職として確立したのは1990年。以前は 言われたも のを探す仕事だったものを、よりリアルな情報、一歩広がった情報を提供するた めに現場に足を運び、資料を駆使し、ディレクター等依頼者に適切な情報を提供 することで今や、この仕事があってよりいい番組にできるという仕事に押し上げ ました。
それが評価され、日本女性放送者懇談会の2014年「放送ウーマン賞」を 受賞。
なにより調べることが大好きと知的好奇心が旺盛な喜多さん。すぐインター ネットをたたく私たちですが、探し物はまずは書籍から入るそうです。誰も検索 しないキーワードを見つけるためとか。
「ウィメンズ・ステージ」39号に掲載予 定。日々氾濫する情報から、必要な情報をどう見つけるか、参考になります。

●素敵な女性に会いました・俳優 城谷佐夜子さん
1月、女性向けの鍼灸院を千葉・北松戸駅前にオープンしました。
城谷さんは演出家でもあり振付師で脚色家、それに日舞、義太夫、華道、長唄、 琴はそれぞれ名取であり師範。
14年前には伝統文化の普及を掲げて法人の組織を立ち上げ、海外の舞台も踏んだ 勢いのある人生でしたが、それを今年変えました。
 広かった稽古場・事務所をたたみ、鍼灸院の近くのこじんまりした部屋に引っ越したのが 2月。「ヘルス・アート塾」も始めています。
 「やってきたことがバラバラに見えるけれどみんなつながっている」と城谷さ ん。これまでに学んだことを形にしたというわけです。
 きっかけは壁にぶつかったときのこと。一体本当は何をやりたかったのか、 東洋医学ではなかったかと思いだしたのです。やろう。多忙な公演が続く中、 3年間、東洋医療福祉専門学校に通い国家資格を取得。悔いが嫌だったのです。
「ヘルス・アート塾」は、俳優としてやってきた体づくりや表現力、滑舌等の訓練を通し、 自分を肯定してもらおうというもの。やると変わるそうです。 心の在り方が変わり引き寄せるものが変わるから運も変わるというわけ。  気になるのは公演で使った着物や道具類の山。
「終わったものは過去。これから使うものを残し、全て処分した。すると新しいことが 始まるという気になった。六十歳になったらみんな先生です。 「八十歳を過ぎたらみんなお医者さん。八十を超えて生き生きしてるんだから、 生き方そのものがモノを言う」。

●素敵な女性に会いました・加藤みどりさん
日本女性放送者懇談会の2015年ウーマン賞 45周年特別賞に「サザエさん」チー ム&声優・加藤みどりさん
3月12日、ホテルニューオータニで授賞式。アニメのキャラクターが選ばれるの は初めて。
「サザエさん」が生まれたのは1969年。常に身の周りの「小さな」こ とを通して「家族の大切さ」を淡々と伝えるとともに、それぞれの時代の女性の 生き方をユーモアを込めて表していて見事。2013年には「最も長く放映されてい るテレビアニメ」としてギネス世界記録に。
この日「サザエさん」とともに登壇した森下プロデューサーは「仲良く楽しく暮 らす光景を見る幸せを届け続けたい」と。 それにしても毎回書くコンテは4500枚 とは。
写真は「サザエさん」と森下プロデューサー。